自分という人間の価値

新しい職場で何もしていないと落ち着かない。

今日は2日目。

仕事の内容は難しいことはほぼなくキッチンが用意した料理をお客様の席へお運びする。 

お食事を終えた食器をおさげする。

以前の職場以上に簡単と言っていいだろう。 

ドリンクの作り方・・材料の配合、使うグラスの種類を覚えるだとか、また、主菜だけ作ってもらい、副菜はホールが用意するだとか何だとか、あるいは手が空いた時には食器を洗い、食器を仕舞う棚の位置はだとか。 

そういったこともなく、本当、覚えることが現状あまり多くはない。

 

私の初期値は好かれていないというよりも嫌われているとすら思っている。

私に関心を持っていない、あるいはより積極的に嫌っているのではないか?

そう思っているのだろう。

だから何かして役に立たないと人に好かれないと思っている。

そして。もともと嫌われているのだから、私が何かしたせいでさらに嫌われたとしても、元から嫌われていたのだ。そう思うことで、心の傷を深くしないようにしようとするのだろう。

自分という人間の無価値感。

自分で自分を価値がある人間だと、そう思える出来事が少なかった?

他人による受け入れや賞賛が必要だった?

むしろ今も必要としている。

 

自分で自分を価値がある人間だと言ったとする。

それを他者が批判したとする。「そういうふうに自分という人間の価値を正しく見積もることもできない人間に価値があると思うの?」

私は反論が出来ない。自分という人間の価値の低さを証明する材料は次から次へと出てくるからだ。