親とのTEL会話中。
(…略…)
「あなたに関しては失敗だったと思っている。子育てに失敗したと。」
『子供に対して失敗作であるとラベルを貼るのですね。』
「もっとうまく育てることもできただろうに、できなかったことを謝らせてほしい。そう言いたいのです。」
『たとえば、私は同世代の友人○○さんの子供5歳を知ってますが、20年後会った時何らかの理由で(育児失敗したな)と万一仮に思ったとしても、△△君、君のお父さんお母さんは子育て失敗したね、と言うことはないと思います。友人関係という間柄でそういったことを言うということの是非が焦点でなく、それを子供に口に出して言うか?という点で。』
「あぁ、否定してはいけないですよね。申し訳ございません。申し訳ございません。もう二度と口に出しません。大変失礼しました。もう二度と言いませんので。」
『もう二度と言わない等と確約できることでないと思うので、言わないよう気を付けるといったような表現が望ましいと思います。』
「あぁぁすみません、もう二度と口にしません。」
『だいぶ興奮させてしまったようなので失礼いたしますね。失礼いたしました。』
このような会話をした。
一般論として、そのようなことを口に出すのは望ましくないのではないかといったことは言うものの、実際言われて自分はどう思ったかどう感じたかといったことは全く口に出せない。
それが問題だとは理解できているつもりだが、なぜそれができない(することにとてつもない抵抗がある)のか、できるようになるためにはどうすればいいのか。
まったくわからない。
---追記---
そう言われて傷ついたからであろう。
「お前は失敗作」
そうラベリングされて傷ついたのだと、そう口に出せない。
「傷ついてしまう弱い自分」が嫌なのだ。
自身の内面に変化や思うところがあったかでなく、話の焦点を一般論にすり替えてしまう。
一般論としてであっても何故のぞましくない行為とされているのかと掘り下げてみれば、言われると嫌な思いをする人がいるからであり、その嫌な思いというのは悲しいという感情であると、そう思考をたどることもできる筈で一般論を取り上げたところで自分の感情と共振するところがあると白状しているようなものであろうと分かりそうなものなのだが、考えの浅さが露呈している。
冷静に考えるとそう思う。